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女流歌人-赤染衛門(あかぞめえもん)の話し

贈答時に利用している通販の京都の小倉山荘のメールマガジンに面白い読み物があったので転載しておきます。
平安の女流歌人・赤染衛門(あかぞめえもん)の話

赤染衛門 - Wikipedia
赤染衛門(あかぞめえもん、天暦10年(956年)頃? - 長久2年(1041年)以後)は、平安時代中期の女流歌人。大隅守・赤染時用の娘。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人。


赤染衛門
wikipediaより

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■いさめをきかない和泉式部
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『新古今和歌集』には
和泉式部(五十六)とのこんなやりとりが。

《詞書》
和泉式部、道貞に忘られてのち
ほどなく敦道親王かよふと聞きてつかはしける

うつろはでしばし信太の森を見よ かへりもぞする葛のうら風
(新古今和歌集 雑 赤染衛門)

心がわりしないでしばらく和泉の信太(しのだ)の森を見ていなさい
葛(くず)の葉が風にひるがえるように
あの人が帰ってくるかもしれないのだから

詞書(ことばがき)にある道貞(みちさだ)は
和泉式部の夫だった橘(たちばな)道貞のことで、
和泉守(いずみのかみ)に任じられていました。

敦道(あつみち)親王は冷泉院の第四皇子。
式部との不倫スキャンダルで世を騒がせた人物です。

「信太の森」という歌枕は和泉国を示しますから、
しばらく道貞の動向を見ていなさいと勧めているのですね。
しかし式部からの返事はこういうものでした。

秋風はすごく吹けども 葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ
(新古今和歌集 雑 和泉式部)

秋風はおそろしいほどに吹くけれども
風にひるがえる葛の葉は恨み顔には見えないと思いますわ

「秋」は「飽き」との掛詞(かけことば)、
「うらみ」も「恨み」と「裏見」を掛けています。
ひるがえる葉の裏(=式部の本心)が見えても夫は恨まないだろうと、
自分の心がわりを正当化しています。

式部がいさめをきかなかったことをみると、
赤染の歌はおせっかいで終わってしまったようです。
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■赤染を頼る伊勢大輔
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いっぽうで赤染を頼りにしていたのが
伊勢大輔(いせのたいふ 六十一)でした。
家集『伊勢大輔集』にこのような応答が載せられています。

《詞書》
三ゐうせてかやうのことも尋ねまほしうて

あとくれて昔こひしき 敷島のみちをとふとふ尋ねつるかな
(伊勢大輔集)

父亡きあと途方にくれて昔を恋しいと思い
(父に教えられた)敷島の道(=和歌の道)について
あなたを訪問しておたずねするしだいです

詞書の「三位(さんゐ)」とは
父親の大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)のこと。
優れた歌人だった父を亡くして、
このようなこと(=和歌に関すること)を(父の代わりに)
あなたに教えていただきたいというのです。

赤染からの返事はこういうものでした。

やへ葎たえぬる道とみつれども 忘れぬ人はなほ尋ねけり
(伊勢大輔集)

葎(むぐら)が幾重にも茂って絶えてしまった道に見えたけれど
忘れていない人はそれでも尋ねてくれたのですね

赤染衛門、こんどは頼りになる同僚ぶりを発揮しています。
大輔もわざわざやりとりを書きのこしたのですから、
よほど嬉しかったのでしょう。
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なにかとても心優しい人のように思いました。和歌を敷島の道と呼ぶのですね。
八重葎(やえむぐら)のむぐら、これも好きなことばです。



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