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【本の情報】 ポケットマスターピース01 カフカ [編]多和田葉子





<h1>ポケットマスターピース01 カフカ [編]多和田葉子</h1>

[文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)  [掲載]2016年11月27日





■時間が主題の“今”の小説


 光文社の古典新訳文庫が話題を呼んで、亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』が百万部を数えたり、『星の王子さま』が倉橋由美子や池澤夏樹らの訳で各社から続々刊行されたり??世界文学の隆盛から時も流れ、古典を訳し直すことも多くなった。古典も端(はな)から古典ではなし、初訳時とは時代も文化も変わる。長命な本ほど訳は往時の息吹を失う一方、新訳の結果逆に、選別や風化に耐えた“どの訳でも滲(にじ)む普遍性”が見えもする。

 言葉の精めいた多和田葉子が編訳した本書にもどうやらそんな受容と需要があった。年長者には名作や挫折した長編の再読の契機に。若年層には“古典”への糸口として。事実、多和田訳の「変身(かわりみ)」はカフカの執筆当時もこれほど精彩に満ちたかと思うほど、生き生きと“今”の小説めいている。

 百余年前の同作は“変身”を疫病・戦争の隠喩とする読み方や、逆に不条理の象徴とする評価が多かった。だが、2016年の今に読み返すとそれは“時間”が主役の話だ。ある朝「汚(けが)れた動物或(ある)いは虫」と化した青年グレゴール。悪夢的な変身の原因や解決を必死で探しそうなものだが、彼ら家族は時間と共に“慣れて”ゆく。姿形も生活も関係や家族愛も戻らぬものの、老いた父親は軍服めいた仕事着で一家を支える壮年に戻り、兄を気遣っていたつもりの妹は自分の惰性に気付く。何よりグレゴール自身が虫の境遇に順応し、その範疇(はんちゅう)での安寧や幸福を求めるようになるのだ。

 7月の本欄に記した通り、近代と民主主義の危険が露見する中では、「トランプ大統領」を不条理に感じた者でも時間と共に彼に“慣れ”、慣れた自分を肯定しさえするだろう。流れる“時間”の本質でもあるそうした馴致(じゅんち)に、寿命も儚(はかな)く老いもする“人間”はどう抗(あらが)えばよいのか。

 カフカの描く人間の弱さを「不条理」等と誤魔化(ごまか)さず、読者自身の弱さとして向き合うこと。そうすべき時があるなら、それは確実に今なのだ。

    ◇

 集英社文庫ヘリテージシリーズ・1404円=2刷1万1500部

 15年10月刊行。作品解題や著作目録なども充実。担当編集者によると、50代男性と若い層の購入が目立つという。



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