RSS

【本の情報】 『銀河鉄道の父』の門井慶喜さん

<!DOCTYPE html PUBLIC "-//W3C//DTD HTML 4.0 Transitional//EN" "http://www.w3.org/TR/REC-html40/loose.dtd">
<html>







門井慶喜さん





門井慶喜さん





門井慶喜さん





門井慶喜さん





 出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。第96回となる今回は、『銀河鉄道の父』で第158回直木三十五賞を受賞した門井慶喜さんの登場です。

 『銀河鉄道の父』は、日本を代表する童話作家・宮沢賢治の父親である宮沢政次郎を主人公に据え、これまでとは違った素顔の賢治像を照らした長編小説。“厳格でありながら、賢治のことを甘やかしてしまう”父親・政次郎と、“親に甘えつつ、自分の道を突き進んでいく”賢治の姿は、偉大な作家の人間くささをあぶりだします。

 門井さんはなぜ賢治ではなく、父親の政次郎にフォーカスしたのか。ご自身が3人のお子さんの父親であることから、作家の顔のみならず、門井さんの父親としての顔も感じられるインタビューとなりました。

(取材・文/金井元貴、写真/山田洋介)



■直木賞受賞の反響は「想像を軽く凌駕するものだった」



―― 改めて、直木賞受賞おめでとうございます。



門井: ありがとうございます。



―― 受賞時の会見で「風がきた、飛ぶだけだ」とおっしゃられていたのが印象的です。直木賞の重み、どのように感じていますか?



門井: 僕は候補3回目での受賞でしたが、候補になるだけでもとてもインパクトがあるんです。まさに「世間の賞」といっても過言ではないぐらい影響が大きい。それこそ近所のおじさんからも声を掛けられますし。



―― では、いざ受賞が決まったら…。



門井: 反響は想像を軽く凌駕するものでした。仕事の面でもそうですし、家に届くお花やプレゼントもすごいもので、業界内外問わずメール、祝辞の類をいただきました。ありがたいことです。

 ただ、だからといってプレッシャーを強く感じるというわけではありません。そこは平常心でいますね。



―― 記者会見はいかがでしたか?



門井: 20分くらいお話する時間がありましたが、あっという間でしたね。もう少ししゃべらせてくれと思いました(笑)。



―― 肩の荷が下りたという感覚はありましたか?



門井: それはありましたね。とにかくこれで直木賞を考えなくて済むと思うとホッとしました。



■“甘ったれ”の息子・賢治と極端な父親・政次郎



―― 『銀河鉄道の父』はそのタイトルの通り、宮沢賢治ではなくて父親の政次郎を主人公としています。最初から政次郎を描こうとされていたのですか?



門井: はい、最初からこの人をテーマにしようと思っていました。



―― 政次郎に着目したきっかけは?



門井: きっかけは学習マンガです。宮沢賢治の伝記マンガですね。僕自身、子どもが3人いまして、上から15歳、12歳、9歳で全員男の子です。彼らに学習マンガを買ってあげたのですが、まあ自分でも読むわけですね(笑)。

 それで賢治の巻を読んでみると、少ししか登場しないけれど非常に立派な父親がいる。そこで初めて宮沢政次郎という人物を知ったんですね。



―― では、政次郎を主人公にした理由は?



門井: 無名だけれども立派な父親がいた。けれども、賢治の活躍によって父親が一種の悪役的な扱いをされている部分があるわけです。例えば宮沢家は質屋でしたから、政次郎は長男の賢治に家を継がせようとしたりする。



―― 賢治の進む道を阻む存在として扱われている、と。



門井: そうです。だから、僕が立派な父親である政次郎を書けば、読者にも届くのではないかと思いました。



―― 賢治の印象は、『雨ニモ負ケズ』に代表される「素朴」「聡明」「繊細」のイメージが強いと思います。でもこの小説で描かれる賢治がことごとく覆していくという。



門井: 非常に甘ったれな性格をしていますよね。僕自身は最初からそういうイメージを持っていたので印象が覆るようなことはありませんでしたが、調べて書くなかで「ここまでとは…」と思いました。

 ただ、それは賢治に悪い印象を持つものではありません。彼は、自分も含めて息子なら誰でも持っている「親に甘えたい」という感情が極端に出ていた、もしくは出さざるをえなかったのだと思います。まあでも本当に親を困らせる子どもだなとは思いますが(笑)。



―― 父親の政次郎からすれば、賢治はだいぶ心配になる生き方をしていますよね。これが「物書きの習性」なんでしょうか。



門井: 同じ物書きといっても、僕と賢治を同一視するつもりはありませんし、才能の量もはるかに賢治の方が上ですが、やはり書き進めていくと、物書き特有の要素、あとはダメ息子の要素が賢治に出てくるわけですね。そこは図らずも自分と重ねてしまう部分がありました。僕自身もダメ息子的なところがありましたから(苦笑)。



―― 政次郎の父親としての特徴についてはどうですか?



門井: 政次郎も賢治に劣らず非常に極端だと思いますね。

 親は誰でも子どもを甘やかしたいと思うものです。その一方で、将来立派な大人になるために厳しく育てたいという気持ちもある。その間で揺れ動くのが、すべての父親であり母親です。ただね、政次郎は非常に極端。どちらにも振りきっているエピソードがあります。

 例えば賢治が7歳のときに赤痢に罹って入院します。そのとき、政次郎は病院にかけつけて看病をするわけですね。これは史実なんですが、当時は明治時代。一家の長である父親がそんなことをするなんて、まずありえなかった。看病は当時汚れ仕事でしたし、赤痢は伝染病。しかも政次郎は商売人ですから、もし政次郎にも何かあったらお店そのものが倒れてしまう。その中で店を放り出して付きっきりで賢治を看病するわけです。

 一方で厳格さにおいて極端なのは、賢治を盛岡中学まで出させておいて、家の質屋を継がせるために進学させないと決めるエピソードは象徴的ですね。これもすごい話です。旧制盛岡中学といったら名門中の名門ですから。



■女性が強かった? 宮沢家の家族



―― 今でこそ父親が子どもの看病に付きっきりで…という話は聞きますが、明治時代という背景を考えれば凄いことだと。



門井: そうです。そこに政次郎の人間的な大きさがある。ただ、それはもしかしたら賢治の大きさに振り回されていたのかもしれない。賢治が人間的に大きかったから政次郎が極端にならざるを得なかったという見方もできますね。



―― 政次郎と賢治のエピソードで、門井さんが特に気に入っているものはなんですか?



門井: 最初の看病のエピソード。それから最後に賢治が亡くなるところ。巻紙と筆を取り、遺言を書きとる。これも史実なんですが、2つでワンセットです。

 この小説って、実は看病に始まり、看病に終わるんですよ。熱心に看病して助けた命を、自分の手で埋葬する。それは好き嫌いを超えて厳しい世界であり、一方でとても温かい世界でもある。印象深いですね。



―― 本作は父と子の物語でもあり、宮沢家という家族の物語でもあります。政次郎の妻であるイチは賢治が死ぬ瞬間を看取った唯一の家族ですし、トシという存在は若くして死んだ後も長らく政次郎や賢治に影響を残し続けます。宮沢家の女性についてはどのように描こうと思っていたのですか?



門井: 実はもっと(宮沢家の女性たちを)描きたかったんですよ。ただ、あまり登場させすぎると政次郎と賢治の物語が鈍ってしまうので、抑えていた部分がありました。

 でも私たちが想像する以上に、宮沢家の女性たちは強かったと思います。5人子どもがいますから、イチさんは相当忙しい日々だったでしょう。トシさんは賢治が書いた『永訣の朝』のイメージが強いですが、非常に切れ者でしっかりしている人でした。多分、宮沢家の空気を支配していたのではないかと思います(笑)。その下の妹2人、シゲさんとクニさんもしっかりしています。だから今度は誰かに『銀河鉄道の妹』を書いてほしいですね(笑)。



―― 賢治の弟で宮沢家を継いだ清六は商才がありながら、賢治の魂を引き継いでいる描写があります。彼がいなければ賢治の多くの著作は世に出ていなかったかもしれないわけですしね。



門井: まったくその通りです。清六は社会的な能力のある人ですから、子どもの頃から賢治お兄ちゃんを「頼りないなあ」と思っていたかもしれません。でも、お兄ちゃんを最後まで看病し、戦後に至るまで宮沢賢治全集の編集に携わり、賢治の功績を世に残すために尽力しました。それは立派なことですし、家族にそうさせてしまうくらい賢治も立派だったということですね。



―― 作中で賢治が人造宝石で儲けると言いだすところがありますよね。あのまま賢治が人造宝石ビジネスに手を出していたら成功していたと思いますか?



門井: あれはダメでしょうね(笑)。仮に造ることに成功しても、清六か政次郎が助けてあげないと。



■「賢治を殺すというのは大変ですね」



―― 政次郎と賢治の関係を描く上で注意したことはありますか?



門井: 悲劇にしたくなかったということです。物語が始まる時点で賢治が死んでしまうことが分かっています。それは小説とはいえ動かすことのできない出来事ですから、普通に書いていけば、最重要人物が死ぬという悲劇になるのが当たり前なんです。

 だからこそ、悲しいという感情で終わる話にしたくなかった。この小説の読者に、そしてこの家族に、僕自身に一筋の光が差すような終わり方にしたかった。あえてこの言葉を使うならば、読後感にかるみのあるものにしようと、一行目を書くときから決めていました。

 でも、賢治を殺すというのは大変ですね。トシも大変でしたが、エネルギーを使いました。



―― 「賢治を殺す」とは少し物騒な言葉ですが…。



門井: いくら活字の世界に過ぎないとはいえ、こんなに一生懸命生きている人を1人、あるいはトシを含めて2人、自分に殺す資格があるのかと悩みました。

 あたかも作家が登場人物の生命を握っているという顔をするのも嫌ですし、でも死を描かなければ前に進まない。だから、敬意を持って送り出しましたね。



―― この作品は明治、大正、そして昭和という変化の大きい3つの時代にまたがっています。時間の流れはシームレスです。時代として考えたときに明確に違いが出てくると思いますが、その点の書き分けはどのように意識しましたか?



門井: おっしゃる通り、明治、大正、昭和はそれぞれ全く違います。例えば大正時代は現代に生きる我々の感覚にやや近い、良くも悪くも大衆化の時代です。一般の人たちが人権という抽象的なものを理解するようになりました。

 特に変化が見える最も典型的な場面が「家族の食事」です。

 これは僕がつくったフィクションで根拠のある想像ですが、明治は一人一人に御膳が並べられて、上座に政次郎が座り、号令をかけて食べるという感じだったはずです。それから大正時代になると、お茶の間にちゃぶ台というものが普及します。

 最後のシーンで実際

スポンサーサイト
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す