RSS

【本の情報】 サミュエル・ベケット「ゴドーを待ちながら」 桜庭一樹が読む






■私も同じ!ドン詰まり



 この演劇は、木が一本生えてるだけの場所で、二人の老人が、神(ゴッド)のようで神(ゴッド)じゃない何者か(ゴドー)をただただ待ち続けるお話だ。しかも、こんな不毛な会話を交わしながら。

 「ゴドーを待つ」

 「ゴドーが来るまでね」

 「なーんにも起こらない、だーれも来ない、だーれも行かない、もうやだよ!」

 「ゴドーか?」

 「涙も涸(か)れたか」

 ウーン、どうしてわたしは、このヘンテコな古典を何度も読み返してしまうのかな!?

 著者は一九〇六年アイルランド生まれ。第二次世界大戦のとき、レジスタンス運動に参加したことから、ナチ秘密警察に追われる身となった。南仏の村に身を隠し、じーっと戦争終結(ゴドー)を待った苦しい経験が、本作に影響を与えた、という説もある。

 この作品に描かれているのは何か? それは、いいことも悪いことも何も起こらないし、その状況を変えることさえ許されないという無力な人間が、まず絶望し、やがてその絶望に慣れ、苦しみに無自覚になっていくさまだ。だから二人は無意味な会話をし続けるほかないのだ。

 刑務所で上演すると、受刑者が「俺たちみたいだ!」と大喜びするらしい。でも、べつに刑務所に限らないんじゃないかなぁ……。学校や職場や家庭においても、わたしたちがそういうドン詰まり状態(ゴドーをまちながら)に置かれることは、ときどきあるよね?

 カミュは『異邦人』で、第二次世界大戦によって神なき時代が始まり、不条理な事件が起こる物語を描いた。でもこの作品では、そこからさらに袋小路に進んで、不条理な事件さえもう起こらない。“来ないものを待つふりをする”という、究極の不条理劇の超絶傑作――!

 ベケットは戦時下における個人的経験を、普遍の物語に昇華してくれた。だから、いま読んでも面白く、胸苦しく、わたしもつい、「自分みたいだ!」と喜んでしまうのだ。(小説家)








http://book.asahi.com/reviews/column/2018041900001.html?ref=rss2



from ブック・アサヒ・コム 新着記事 http://book.asahi.com/rss/rss2.rdf

スポンサーサイト
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す